11月になりました。
コロナ禍でお休みしていた、母の保育所での朗読はまだお休みしています。
ついに「行くのがきつい」と言うようになりました。
そりゃきついわ、当たり前です。
87歳の体には、バス停から15分歩くのもきついでしょうし、
決まった時間のバスに乗るのだって一苦労だし、
ぼんやりだって多いんですもの。
しかもコロナ禍…。
今年度でうまく上がる…無事に大団円にもっていけることを陰ながら祈ります。
それでも現場に行ってしまうと、しんどいのは飛んでいき、
「楽しい」が勝ってしまいます。
それでも、「行くのがきつい」の裏には本当は
ぼんやりのせいで、図書館で紙芝居借りるにもちょっとイヤな思いをするなども
含まれているのではないかと読んでいます。
それはちょっと可哀想。
保育所側との意思の疎通も
図れないところが出てきているかもしれません。
母はいよいよ、
「フクがついてきてくれたらいいのに」と
未練がましく私を誘うようになりました。
だが断る。
一度やっちゃうと自分の仕事とのバランスが取りにくくなってしまうので
この件について、私は断固としてかまない、首を入れないとかたく誓っています。
つめたい娘ですみません。
辞めるためならいくらでも援護射撃するんだけどな。
母さん、すみません。