高齢ADHD母の遠距離介護記録

89歳独居の母は要介護1。高齢者のADHDと。東京~九州で、遠距離介護しています。私1965生。介護しながら母娘関係をおさらい、修復しています。

大晦日も、心配より信頼

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反抗期のまっただ中だった16歳の大晦日
深夜、帰省先の四国の実家の自室にこもって
遠くに響く除夜の鐘を聞きながら、
ラジオの深夜放送にチューニングを合わせていました。

 なんだかなぁ。
 大晦日とかお正月とか、いつもと同じ時間の流れなのに
 なんで? 大掃除とかおめでたいとか、わけわかんない。
 ただ人が決めただけじゃない。
 さも、かけがえのない特別な時間みたいに、ありがたがってバカみたい…。
 残念でした、いつもと変わりませんよーだ。


 もやもやもやもや…

ラジオからはもうすぐリリースされる『赤いスイトピー』が流れていました。
作曲・呉田軽穂ユーミン)で、身を乗り出して聴いたのを覚えています。いい曲。
松本隆さんは大好きですが、この詞の世界はすでに自分の現状には甘すぎて
「ないわー」とも思っていました。でもいい曲!


ふと、そっか、と気がつきました。
青臭い私が気がつくこと(年越しがいつもと同じ時間の流れであること)は、
父も母もとっくに気がついて、乗り越えているわけで
それでもなおかつ、ひとつの節目として、
送ったり、迎えたりを、大切なものとして振る舞うところに
なにか大事なことが見え隠れしているような気がしました。
人が大切にするから厳かなんだな。
はえらいな、と、そのとき思ったのです。…反抗期まっただ中でしたが。
父さん母さん、醒めることなく、
ずっとずっと年越しとお正月をやり続けてくれてありがとう。
忙しくてそれどころではないときだってあったはずなのに、
子どもに、厳かな新年を迎えさせてくれてありがとう。

年を重ね、節目のお祝いを演出するのは
娘の役割になりました。

大掃除はできなかったけど、気持ちだけこぎれいにして。
玄関には、「年神さん、ここでーす!」の目印に注連飾りをつけ
「こちらでおくつろぎください」の鏡餅を、ミニミニだけど家のあちこちにしつらえて。
そんなことをしながら
今でも1981年の大晦日に感じた親への感謝の気持ちを鮮明に思い出します。

そしてちらっと、2017年大晦日の夜に母が救急搬送されて、病院の待合室でひとりで迎えた寒い新年のことも頭を…よぎり…かけましたが、大丈夫です。今年はよい年越しに違いありません。
心配より、信頼!

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