前日月曜朝には待ちぼうけしてしまった母。
火曜日は朝から嬉々としてデイに出かけて行きました。
ゴキゲンに帰宅して、
「今の私の健康があるのはデイのおかげ」と言いました。
すごい。ちゃんとわかってる!?

ところでまたまた別件、東京自宅でのことです。
実は、夫(肺がんサバイバー)に食事をつくるのをやめて1カ月が経ちます。
「私が、夫のからだにいいものを作らなきゃ」を手放しました。
私はもう作らない。
それで肺がんが悪くなるならしょうがない。それまでだ。
体重増量のことももう気にしないことにします。管轄外。
実は、8月の、夫の内視鏡検査の後、普通食に戻った翌日に
夫がまた食事中に嘔吐いてしまいました。
当時、夫は食欲がなかった(と私には言わなかった。朝から夕方まで眠り、目覚めてフキゲンにしていた)。
私の出すものが口に合わなかった、もしくは気分に合わなかった。
けれども、私の手前、頑張って食べようとしたら、この有様。
つまり、少食の夫は、私の食事を食べようとして無理をして
餌付いちゃっていたらしい。
と、そこで初めて私が気づきました。
「もしかして、6月の食事中のケポォも、そうなの!?」
「そう」と言うじゃありませんか! シャレならんわー。
ケポォの原因は、妻!でした。ぎゃふん。
【肺がんの悪化か、嚥下障害かと青ざめた夏の日…まさか私が原因だったとは】
【その後大人しく検査を受けていた夫。なぜ、言わなかったの? 言えなかったのか】
夫、恐妻家。
きっと私の「食べなさいよ」圧が強かったんだろうなぁ。
少し、申し訳ない気もしないでもない。
大人なんだから、言葉でちゃんと言ってよ、とも思う。
後の祭りです。まあいい。
それから数日後、
もう料理つくるのやめます宣言しました。

たぶんこれが最後に作った冷やし中華だな。8月末のこと。もう大昔のことみたいです。これからも自分には、食べたい時にちゃんと作ろうと思います。
もともと料理するのが好きでも得意でもないし、
在宅フルワークしながらのおさんどんはヘビーだったし、
私の場合は、遅かれ早かれやめるものだと思っていたし、
子どもがいるわけでもないんだし
いいや、やめちゃえ。
圧をかけられるよりも、そのほうがいいっしょ!
というわけで荒野を突き進む毎日。
1カ月が経過し、わりと楽しんでおります。
食事作りをラフにやめることができるのは、うちの特殊な家庭事情も大きいです。結婚25年目。そのうちの15年間は、夫婦で家で食事をすることが、月に一度あるかないかでやってきました。生活も完全すれ違い。私の帰宅は深夜のことも多く、家で食事をすること自体がまれだったのです。リーマンショック以降は、終電で帰宅するようになりました。コロナ禍では在宅に切り替えました。それでも人様よりは全然少ない。
「よそはよそ、うちはうち」でやってきたので、「べき」みたいなものは私のなかに希薄で、もともとが超適当。なので手放すハードルがめちゃくちゃ低いと思われます。
正直、もともと「べき」のない人生というか、「べき」から全力疾走で逃げる人生かもしれません。
まあいい。
飽きて余裕が出たら、そのうちつくることもあるかもしれない。でも、断筆宣言みたいでチョットラクです。