高齢ADHD母の遠距離介護記録

89歳独居の母は要介護1。高齢者のADHDと。東京~九州で、遠距離介護しています。私1965生。介護しながら母娘関係をおさらい、修復しています。

カムカム_ドラマの1994年お盆とエネルギーのこと

先週金曜日のカムカム。
ドラマの設定の1994年のお盆は、
カムカム英語の平川唯一(ただいち)先生の初盆にあたる年でした。
ウィキには1993年8月25日没とあります。
そして戦争で亡くなられた多くの方の50回忌でもあったのですね。
月曜のカムカムで「確か、去年亡くならはった」とるいが言っていました、平川先生のこと。
これからひなたは、書き取った平川先生の教え、
「急がず、無理せず、自然に、覚えられるだけ、一日一日、新しいこと」
きっと彼女の学びを深めていくのでしょう。
私も背筋が伸びました。一日ひとつ新しいこと、しよう。すぐ忘れちゃうけど!


1994年の終戦記念日の正午の黙祷。
その1分間に、視聴者から見ると「不思議」なことがあちこちで巻き起こります。
まるで時空がゆがんだかのように。

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お盆やら、終戦記念日やら、空襲や災害で多くの方が亡くなった日、
今生きている多くの人が気持ちを寄せるので、
それに添うように、あの世の方々が思い思いに帰ってこられるのではないかと
常々感じています。

エネルギーは、同じ性質のものが引き合うので、
生きている人の思いの波長に会うところにスッとつながるという印象です。
こちらの発するエネルギーをキャッチしたものが集まる。
私たちは自分で意識しないうちに、自分のエネルギーを飛ばしていて
それに呼応するように、
同じエネルギーをもつ人、物、ことがあつまるのではないかと考えています。

 

なので、劇中、さだまさしさん演じる平川先生が、初盆にあたるときに、
生前ご自身がとても大切にしていたカムカム英語に心を寄せているひなたの前に現れ、
ひなたに色んなものを見せ、聞かせるのは、スンと腑に落ちました。
玉音放送の平川先生の英訳が混線するように聞こえるのも、
平川先生ご自身の大切に思っていた世界が交錯するようで胸熱でした。

神社で、るいが、父・雉眞稔さんと再会するのも同様です。
あの世の人と、この世の人の、チャンネルが合えば
ああいうことは比較的よく起きるのではないでしょうか。
ちなみに、るいは1945年の終戦の日にも、神社で、母の背中に負われて、
多分、空に立つ稔さんの姿を見ているんじゃないか。

 

通じるためには、
放つエネルギーが、“我”にまみれた執着のある状態ではだめで、
「開いた」状態にある純粋な好奇心が大事なんだなとあらためて理解しました。
よく“ワクワク”と表現される状態です。

 

あの尊い黙祷の1分間に、日本中で、
色んな小さな奇跡が巻きおこっているんじゃなかろうか、
そんな気持ちになりました。

ちなみに、ひなたが異次元につながるときに、
はじめ混線しているようにラジオの音が聞こえ始めました。
私が寝入りばなに聞く、雑踏のような話し声も、あの感じに似ています。
私にとってはめっちゃリアルで、
先週金曜日のカムカムは、とてもじゃないけどファンタジーとは思えませんでした。
ま、私自身がファンタジーな人なら、
ファンタジーは感じられないというパラドックスでもある(大汗

 

時間の流れは、現在から未来へと流れているのではなく、
過去も未来も、すべてが、いまここに同時に存在している、
ということを、ドラマでも強く感じました。
モノクロで表現されたのは、過去のドラマのワンシーンでしたが、
同時に、過去は(未来も)すべてが今ここにあるということを体現するかのようでした。
遠い過去ではない。
今ここに同時に存在しているのです。
強いて言うなら、自分の意思で、どの場所、時間にいるのかを選んでいる。
すべてに共時的に存在するので、「今ここ」を意識するのがエネルギー的には最強。

 

まず、自分がどんなエネルギーを出しているのか
意識するのが手っ取り早いと思います。
それに合うものがいつも集まる、気がしています。

 

なにもかもが全部ここにそろっている。
自分はどこにチャンネルを合わせるのか、それだけです。
「細かいことはいいから」、だまされたと思ってやってみたら
瞬間に、オセロが全部黒から白にひっくり返るようなことが起きちゃうこともある。

 

今自分はどんなエネルギーを出しているのか。
そこに気づくのがいちばん手っ取り早かったんだっけ…
と思い出したので、残しておきます。
それまでは真っ暗闇だと思っていたので。