高齢ADHD母の遠距離介護記録

89歳独居の母は要介護1。高齢者のADHDと。東京~九州で、遠距離介護しています。私1965生。介護しながら母娘関係をおさらい、修復しています。

毛深さコンプレックス 加齢で体毛は薄くなるのか!? 後編

自分の場合は、加齢で体毛はかなり薄くなったと実感しています。
私にとっては喜ばしいことです。

もっとも目にすることが多い手足を見たときに
ふと開放感を覚えます。
やはり思春期は毛深いのを気にしていました。
正直、今振り返ると、
「全然気にすることでもない」と言ってあげたい。
私はなにに踊らされていたのかなぁ。

中学生のとき、脱毛クリームと出会ってからはうれしくて、
顔に塗ってかなり手痛い目に遭いましたが

【前回の顔の産毛記事】

しばらくは手足にも使っていました。
脱毛クリームは当然脇にも使いました。
しかし、ムダ毛自体にダメージを与えるせいでしょう
脱毛しきれず残ったムダ毛を毛抜きなどで処理しようとすると、
ほぼ途中で切れます。扱いようがない。
仕上がりが醜くなると感じ、徐々に使わなくなりました。

手足の細いムダ毛は、脱毛クリームの成功率は上がります。
しかし、やはり生えてくるときにプツプツするのがいやで
やがて手足は脱色(ブリーチ)中心に移行しました。
私は手触り重視です。

ただ、足(すね、、手の甲、指)には毎晩軽石を当てていたと思います。
指の産毛は毛抜きが活躍しました。


中学時代、脱毛クリームのあと、脱色剤に出会います。
「黒い体毛はいやなのに、金色の体毛はよしとするの、どうなの?」
とはちょっと思いました。
だけどそれより思春期は、他人の目線が気になってしようがない。
ラカンの今は、大丈夫、人は自分を見ていない、とわかるのですがw。

 

さてその脱色。
最終的に白斑を招くことになったので、やめました。
こういうことです。


前腕の白斑を招いた脱色剤(画像は現在)。この手痛い勉強代をだれかに渡したい。ちなみに産毛はもうほぼありません。私の場合は40歳以降激減しました。

月1で両手(前腕)両足(すね)の産毛を脱色しました。
しっかり色を抜けるように時間を長めにして、
よく産毛が真っ白になってしまい、
それはそれで笑われることもありました。
「脱色してまーす!」というアピールになってしまうので
それはそれでかっこ悪い。


徐々に毛以外、皮膚もまばらに脱色されるようになり、
洗い流した後に、皮膚をよく見ると、
網抜け状態の白いシミ(白斑)になっているのを見つけた二十歳頃。
それでも若いうちはやがて肌色に戻りますが
最後にやったのは30代だったでしょうか…
肌の色が戻らんやないかい!
以降は脱色はしていません。
案の定、網抜けの痕(白斑)はそのまま残り
現在に至ります。
この程度で済んでよかったです。薬剤に脆弱な私がよく頑張った!

毎日観察していたわけではないので定かではありませんが
たぶん先の写真のオレンジで囲んだあたりが、脱色剤による白斑だと思います。
あと20年もするとさらに目立たなくなるかもしれません。
自分ではわかりますが、誰かと話をしているときに
相手の視線がここで止まったこともありません。

にしても、前腕の産毛は消失しました!
若い頃は金色の毛が揺れていたんですけどね!
すねにもまったくありません。

 

【コンプレックスをあおるものにはご用心】
もっともしたかったときに、その分の予算がなかったこともあり、
ついぞサロンなどでの脱毛を体験したことはありませんでした。
消えたことだし、今ではお金をかけずによかったなと思っています。
ただ、思春期から二十代の気になる時期に
自分の見た目に安心できるのは意味があることだとも思います。
しかし、個体差が大きいのをいいことに、
最近はデリケートゾーンなどの脱毛をしれっと訴求する企業もあり
正気の沙汰ではありません。
「VIO」の広告を見ると、それはひとえに企業のため…と寒気がします。
脱毛はトラブルも少なくありませんから気をつけましょう、わたしたち。
人目とか、私だけ見苦しいんじゃないかしらとか、
いたいけな思いにつけ込んで、
コンプレックスをあおる商売を展開する企業もあります。
「こうなりたーい!」と、うっかり乗らないように気をつけましょう。
このブログにもエステ系広告がつく可能性がありますが
内容を見て現状をしっかり把握し、ムードでうっかり乗らないようにお気をつけて。
下のサイトなどであらかじめ状況を学ぶのもいいと思います。
被害じゃなくて「危害」というところに本気があらわれています。

脱毛施術による危害(国民生活センター)

自分のコンプレックスをあおってくるものは、なんだって警戒して正解。
これ、カルト宗教も同様だな。
見た目、人間関係、お金、健康、運、仕事…うひょー。


わたしにはわたしの人生。
わたしはわたしのままでいい。