高齢ADHD母の遠距離介護記録

90歳独居の母は要介護1。高齢者のADHDで認知症、片耳難聴からの両難聴。東京~九州で、遠距離介護しています。私1965生。いろいろあるけど、まあいい!

肺がんになる・ならないの分かれ道!?


えーっと、がんもどき、です。

夫、肺がん*1の手術からちょうど2週間が経ちました(退院から1週間)。
退院してからすぐ、入浴時は湯船にも浸かることができています。

通常の就業時とほぼ同じ時間に起床。
できるだけ規則正しい生活を心がけ、
8時30分、12時30分、18時30分の食事としています。

運動を推奨されているので、私も遠慮なく家事のサポートは頼んでいます。
食事前にお箸や食器を並べるとか、
洗った食器をふきんで拭いていくとか、
乾いた洗濯物をたたむとか。ゴミ捨てとか。

咳は、退院したての頃よりも少し増えました。
痛みのせいで、まだちゃんと咳はできず、
「おふん、おふん…」と、咳のあかちゃんみたいな咳をします。


外から見える傷はさほど痛まないようです。
どちらかというと痒いらしい。
内側はまだまだ痛みが強いようで
切除した左側を下にして横になることはできません。
「これ、いつか痛まなくなるのかな」と気弱に言うので
「20年経っても切除したおなかは時々痛むわよ」
ちょっと意地悪してしまいました(だって本当だもの)

「痛い」にはまり込んでしまうと
自分のからだが治っていく過程を見過ごしてしまうので
ちょっともったいないと感じるのです、私は。
ありがたいことに、術後は毎日少しずつ治癒していくし、
とくに、眠る前と目覚めたときとで比べると、
からだの回復が進んでいて、それがわかると感動しますから。
自分で自分を修復していく感じがとにかくすごくて、ありがたい。


夫婦でほぼ同じものを食べて暮らしていても
当然ながら夫と自分との個体差は大きいです。
不思議だなぁ。人の個体差ってものすごく大きい。

どうして夫は肺がんになって、私はなんともなかったのか、
についても、ときどき妄想します。
個体差が発病の分かれ道なんでしょうか。ほかにはないのかな。

夫も私も、父親は肺がんで亡くしています。
ふたりとも喫煙者*2でした。
喫煙を始めた時期もほぼ同じで、やめた時期もほぼ同じ5年前。
一日のたばこの本数は私のほうがずっと多かった。
ただ、私は、ニコチンよりも、
たばこの葉を処理するという化学薬品が気になって、
最後の5年間はもっぱら「アメスピ」ばかり喫っていました。
夫は一般的な「ラッキーストライク」。

食べるものはさほど変わりません。
食事量は夫より私がずっと多い。夫は超小食です。
しかも、私のほうがスナック菓子など、よくないものを口にします。
野菜はふたりともたくさん食べます。厳選した油を使い、魚も結構いただく。
酵素や菌も意識して積極的にいただいています。

 

ストレスは…どうかな、互いにそれぞれあり、
どちらがより強いとは言いがたいように思います。
もしかすると夫は考え込む、抱きかかえるタイプなのかも???


大きく違うのは、
夫はお酒が大好き。私はアレルギーがあるので一滴も飲みません。
もうひとつ、睡眠は、
夫の睡眠スタイルは、普段は分割睡眠で、
見ていて「良くなさそう」と感じていました(根拠はありません)。
私は連続睡眠。睡眠でトラブルを起こしているので
できるだけ7時間眠るように努力しています。難しいですけど!

【過去記事です。記憶力が低下し、若年性認知症を疑われまして。睡眠不足が原因でした】

 

いつも最善が起きている。
肺がんの発覚が「絶対悪」というわけではありませんが
でも、もしもわかるのなら、分かれ道が知りたいなと常々思います。

夫がすっかり元気に快復したら、
私が夫の声に感じていたかすかな“膜”も、すっかりなくなっているのかもしれません。
すでに今段階でもかなりなくなりました。

*1:男性の死因ワースト1はがんで、がんの中でも最も多いのが男性は肺がんです。ただ最近は、非喫煙女性の肺がんも増えているらしい。エストロゲンとがんの関係も取り沙汰されているそうですよ。

*2:今回、たばこやめていてよかったね!! はふたりとも強く思いました。「手術します」となったその日から病院から禁煙を言い渡されます。喫煙者にはまずムリ。少なくとも私たちにはムリだったでしょう。ニコチン中毒からようやく脱した夫、今では「喫煙は、あれ、深刻な病気やで」と言うようになりました。私もそう思います。何かの拍子ですぐ戻ってしまうのがもっとも恐ろしいと感じます。今でも!