高齢ADHD母の遠距離介護記録

89歳独居の母は要介護1。高齢者のADHDと。東京~九州で、遠距離介護しています。私1965生。介護しながら母娘関係をおさらい、修復しています。

母のインナーチャイルド 曽祖母の命日

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確認ごとがあって、2016年から3年つけていた日記帳を見ていたら
「8月30日」に曽祖母の命日とありました。「お、今日じゃん」
曽祖母は、母の育ての母です。
夕方の日課電話でそのことを母に伝えたら
母「そうよね。ばあちゃんの好物ってなんだっけ?」
 ※思い出せない母が、知っていたフリと、思い出せない好物を聞き出す探りを入れています。
私「お魚じゃなかったっけ?」
母「そうよね、お魚。食べかけたのが少しあるから、お供えしよう」
私「それがよか、それがよか」
気は心。食べかけをお供えすることについては突っ込んではいけないところです


10分後にお供えを済ませた母から再び報告の電話がありました。
「ばあちゃんがフクにくれぐれもよろしくって。
ひ孫が覚えとってくれて、うれしかって」と言いながら
「親のない子でさびしかった、とてもつらかった…」としくしく泣き出してしまいました。
時々こんなふうに、自分の生い立ちを呪うモードに入る母。

「大丈夫だよ、9月の半ばにはまたフクが行くでしょう?
お母さんはもうひとりぼっちじゃないでしょ、いつでも私がいるから大丈夫よ?」
と、私は極めて明るく話しかけます。
「うん、そうだね(ヒック)。もうすぐまた来るもんね(ヒック)。
近所歩いてくる。そしたら悲しいのやむかもしらんから(ヒック)」


見た目87歳ですが、その中には小さな子がいつも一緒に暮らしています。
曽祖母の命日、伝えてあげられてよかったです。


やっぱり、日記帳は必要だなと思い、ポチしました。3年連用日記です。
9月から記していこうと思います。
以前のはB5サイズの10年連用でしたが、
記入欄が私には少なくて、3枠一気に使うので3年連用になってしまいました。
今回はひとまわり小さい3年連用です。

 

私は、曽祖母が亡くなってからすぐに生まれたので
本当は、母の話でしか曽祖母のことを知りません。
ただよく話を聞いてきたせいもあり、常に身近に感じます。
子どもの頃はよく、曽祖母の生まれ変わりといわれていましたw。