高齢ADHD母の遠距離介護記録

89歳独居の母は要介護1。高齢者のADHDと。東京~九州で、遠距離介護しています。私1965生。介護しながら母娘関係をおさらい、修復しています。

亡父の誕生日を高齢母と祝う

11月10日はほぼ30年前に亡くなった父誕生日。
生きていれば90歳です。
朝から母にAlexa呼びかけ、母に
「今日はお父さんの誕生日です」と伝えました。

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「教えてくれて本当にありがとう」とまた二礼二拍手されたので(1枚目)、今日は「また拝むんかーい!」と突っ込んだら笑い転げていました(2枚目)。

母に伝えなければそれは「ない」こと。
それも悪くないのですが、イベントごとは母もちょっと心楽しかろう。
しかし、当日夜に伝えてしまうと
思い出せなかった、お祝いできなかった後悔を一瞬感じるかもしれません。忘れるけど。
朝伝えれば、前向きに楽しいはずでは!?
あと、母が私に嫉妬するのもいけません…。母娘少し難しい。

 

「あらそう! お父さんは何が好きだっけ」
「母さんのだんご汁」
母、大笑い。しまった、ハードル高すぎたと速攻猛省し、
「父さんはおはぎとおまんじゅうが好きだから、
移動販売車が来たらお供え買うといいよ」と伝え直しました。

 

夕方、母からまたスマホに着信(2日連続)。出ると
「お父さんがありがとうって言ってるよ」とのこと。
「娘は気が利く、娘はいいな。おはぎ最高、ヒャッホー」らしいです。
喜んでもらえたならよかった。


父のことも、母はビュンビュン忘れていきます。
悪いことでも悲しむことでもありません。それでいい。全部いい。
家族で「わーい、父さん、誕生日おめでとう」とか呑気なのは
もはや私くらいで、母も、たぶん兄だって、ほぼ思い出すこともないのだと思います。

私がお父さん大好きっ子だったのかといえば別にそんなことはなく、
病気が発覚するまでは父との日常会話はほぼ成立しませんでした。
幼少期、思春期と、父親との過ごし方が全くわかりませんでした。
多分父も、娘との関わりがわからなかったのだと思います。
無口な娘で、父に対してはしゃぐことなどほぼなく、かなり申し訳なく思っています。

そんな後ろめたさもあってか、亡くなってからのほうが
父娘の関係はずっと親密になりました。

父の誕生日。この世に父が出現してくれたことに感謝。
現世で出会えたことを心から感謝しています、父よ。
そして母をひとり残してくれてありがとうね。

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父の好物で埋もれる東京自宅仏壇。いや、今年は埋もれないようにしました。朝から大好きなコーヒーと日本茶。夢で会いたいなぁ(しょっちゅう会ってる)。